個人事業主(一人親方)が綴る、ねこ丸ブログへようこそ。
脱サラ家庭の内部事情を、夫婦で執筆しております。
前回、訴えられそうになった話を書きました。
あの事件のあとから、ずっと考え続けてきました。
これは、その末にたどり着いた、今の私の考えです。
教育がうまくいかない…
皆さんどなたでも経験する悩みだと思います。
今回の記事で、少しでも心の負担を軽くしてもらえたら幸いです。
教育って、複雑すぎる
教育って、難しい。
本当に、難しい。
注意したら、パワハラだと言われる。
優しくしたら、舐められる。育たない。
「じゃあどうすればいいんだ!」
自分自身、若い頃は、日々怒鳴られ、日々恥をかかされてきました。
それでも悔しさをバネに、這い上がってきた。
あの痛みは、今でも覚えています。
だから、教わる側の苦しさは、わかるつもりです。
独立してからも、いろんな人に出会いました。
丁寧に、一つひとつ教えてくれる人。
一の指示で十完璧にしろ、という空気を出してくる人。
両方います。
丁寧に接してくれる人のそばにいると、仕事への意欲が増す。
一度の簡単な指示で、完璧を求めてくる人のそばにいると、萎縮する。
同じ現場同じ作業なのに、まるで別の世界。
それだけ、教え方って、人に影響を与えるのだと実感しました。
誰もが加害者になり、被害者になる
ここで、一つ、はっきり言いたいことがあります。
誰だって、言動ひとつで、加害者になり得る。
誰だって、言動ひとつで、被害者になり得る。
それは、特別な誰かの話ではなく、私たち全員の、すぐそばにある話です。
私自身、どちらの立場も、経験しています。
だからこそ、思う。
加害者と被害者の境界線は、思っているよりずっと、曖昧です。
パワハラにつながる心理と対処
あの事件から今まで、考え続けてたどり着いた教訓4つ。
①自分のいらだちに、気づく
あの事件のあとから、指導するとき、自分の言動を意識するようになりました。
そういう視点で見るようになって、気づいたことがあります。
会社員時代、新人に同じことを三回説明したときのこと。
怒りは、なかったはずでした。
でも、四回目を聞かれたとき。
自分の声が、少し低くなっていました。
「あ」と思いました。
これが積み重なった先に、あるのかもしれない。
自分も、いつか怒鳴る側になってしまうのかもしれない、と。
正直、イライラしていました。
また聞くのか、と。
でも、よく見ていると。
聞きにくる人は、わかったふりをしない人でした。
その場で恥をかいても、確認する人でした。
そういう人が、結局、一番確実な仕事をする。
何度も聞きにくる人ほど、最後はミスをしない。
これは現場で見つけた、大発見です。
覚えるのが早い遅いは、能力の差ではなく、ただの違い。
それを教えてくれたのは、教科書ではなく、現場でした。
それから、口を開く前に、一度だけ考えるようになりました。
これは相手のためか。
自分の苛立ちを、晴らすためか。
たったそれだけのことで、出てくる言葉が変わります。
②相手の立場に立って思いやる
教え方にも、順番があると気づきました。
自分が新人だった頃を、思い出して。
あのとき、先に言葉で説明してもらえていたら。
手本を見せてから、やらせてもらえていたら。
もっと早く覚えられたのに、と。
だから今は、その順番を守るようにしています。
説明して、見せて、やってもらって、伝える。
一回で覚えられないのは、当たり前。
自分もそうだったのだから。
そして、教わる側の人にも、一つだけ。
わかったふりだけは、しないでほしい。
わかったふりは、教えてくれた人の時間も努力も、無駄にしてしまう。
正直に聞くことも、相手への思いやりです。
③変なプライドを捨てる
あとから、「あの言い方、きつかったかな」と思ったら、そのままにしない。
まずは、自分を振り返る。
そして、間違っていたと思ったら謝る。
大人になると、「今さら謝れない」「立場があるから認められない」という変なプライドが邪魔をする。
でも、子どもには当たり前のように教えている。
「間違えたら謝ろうね。」
「人が嫌がることはしないようにね。」
その当たり前を、自分自身が忘れていた。
もう一つ、過去のパワハラ疑惑で学んだことがある。
一人で抱え込まないこと。
「自分だけで解決しなければならない。」
そんな思い込みも、結局はプライドだった。
私のときは、いきなり遠い上層部での調査になってしまった。
だからこそ思う。
違和感を覚えた早い段階で、身近な第三者に相談すること。
上司でも、同僚でもいい。
第三者が入れば、冷静な話し合いができるし、記録にもなる。
助けを求めることは、逃げることではない。
相手を守り、自分を守るための行動だと思っている。
もちろん平和裏にトラブル解決につながることにもなる。
④価値観の違いを理解する
他人の考え方や行動は、自分では変えられません。
どんなに丁寧に教えても、伝わらないことがある。
どんなに謙虚に学ぼうとしても、壁にぶつかることがある。
注意しないといけないことはしないといけない。
でも過剰に責任を負い、ひたすら真面目に向き合う必要はない。
あの過去の自分は、こんな思考にとらわれ過ぎていた気がする。
「〇〇しなければならない」
そんなことない。
あきらめも肝心。
世の中には様々な価値観の人がいるから。
理解しあえなくて当然。
まずは相手の意見も聞いてみる。
自分と違う考えには、その人なりの理由がある。
聞いたうえで、合わないなら、それでいい。
あまり干渉すると、プライドを傷つけられたと思って、攻撃してくる人もいるでしょう。
気を張らないでください。
人は変えられないということを常に念頭に置く。
これだけで心が軽くなりませんか?
自分のいらだちは他者への干渉からはじまり、パワハラルートにまっしぐらです。
だから距離感を守ろう。
相手とも。
会社とも。
責任を負いすぎる必要はない。
さいごに
こんな風に日々考えていて、これって自分自身が求めてる理想の上司像・先輩像であると気づいた。
その先輩に、自分がなりきればいいのではないかと思っている。
理想の上司になりきるのだ。

これが今の私の教訓で、今の答えです。
ありきたりな答えですが、これが答えです。
社会は、理想的でもないし甘いものではないと知っています。
人間も自分も、こんなに強くないと自覚しています。
それに、こんな風に振り返れるのは、会社を出た今だからかもしれない。
脱サラして、気づいたことがあります。
あれだけ濃かった繋がりも、責任も、辞めたらあっさりなくなった。
こんなものなのか、と拍子抜けした。
なんであんなに、熱くなっていたのか。
会社に対して、真面目すぎたのだと思う。
肩の荷が下りた今だから、言えることかもしれません。
こんな教訓、世の中では役に立たないかもしれない。
教育に正解はありません。
それでも私は、「教わってよかった」と思われる人でありたい。
そのために今日も、相手ではなくまず自分を見直すことから始めています。
ご覧いただきありがとうございました。


