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仕事・現場

一人親方はなぜ休めないのか|労災事故で気づいた働きすぎる心理

一人親方はなぜ休めないのか|労災事故で気づいた働きすぎる心理

個人事業主(一人親方)が綴る、ねこ丸ブログへようこそ。
脱サラ家庭の内部事情を、夫婦で執筆しております。

冬の朝、現場で利き手を負傷。
出血する手を見て、初めて事態の大きさに気づきました。

この記事は、労災の特別加入手続きについて書いた記事の続きにあたります。↓↓↓
一人親方の労災保険特別加入、ケガをして初めて知る重要性

なぜ、あの事故が起きたのか。

道具のせいでも、現場のせいでもありませんでした。

しんどいと分かっていながら、私はその日、現場に立っていました。

会社員だった頃なら、誰かが止めてくれたはずです。
一人親方には、その誰かがいません。

当時の状況と、頭の中にあったことを、振り返って書いておこうと思います。

あの日までの積み上げ

事故が起きたのは、開業して9か月目の冬でした。

その頃、直近2週間以上、休みを取っていませんでした。

昼は現場、夜も別の現場に入る。
そんな日が続いていました。

前日の睡眠は、3時間に満たなかったです。

現場でも、ホテルには泊まりません。
車で仮眠を取れば、宿泊費が浮きます。
それに、ベッドで深く寝てしまうと、起きられないかもしれない。

深く眠れない。だから回復もできない。

そんな睡眠軽視の毎日でした。

そしてその頃、自分でも「らしくないな」と思うミスが増えていました。

高速を下り損ねる。
現場を間違える。
駐車料金の精算をまちがえる。

体の疲れは自分では測りにくいですが、こういうミスは目に見えます。

あれは、今思うと前兆でした。

ねこ丸くんアイコン(苦笑い)
今思えば、これはもう限界の手前だった

なぜ、そこまで無理をしたのか

一番大きかったのは、年収です。

サラリーマン時代並みに、いやそれ以上に稼ぎたい。

その気持ちが、独立した当初から、ずっと強くありました。

「会社辞めて独立する」というと、たいていの人からは、
「やめといた方が…」
「なんで?」
「もったいない」
と奇異な目で見られました。

稼ぎが減り、サラリーマンに戻るとなると、
「失敗した」「ほら、言わんこっちゃない」と言われるのは目に見えています。

こわかったですし、見返したい気持ちがありました。

実際周囲にいました。
会社に「出戻り」した人。
その人のうわさを聞いてたので、周囲の反応は想像に難くないです。

そして、他人との競争心も大きな理由のひとつでした。
事業がうまくいってる人を見ると、負けられないとあせります。
とくに、過去記事でも書いたように、順風満帆の友達の存在が、心に火をつけました。
「離脱したことで、失敗した」なんて思われたくありません。

もうひとつの理由が、「断ることへの不安」です。

頼まれごとを断れない性分もありますが、それ以上に「断ったら、次がないかもしれない」という気持ちが強かった。

依頼が来るというのは、必要とされているということです。
忙しくしてもらっていることへの、ありがたさを感じていました。

そして最後に、やはりこれが最大の要因かもしれません。

自分の体への過信。

「今が働き時の年齢や。多少の無理は体力でカバーできる」
そう思い込んでいました。

就職してから数えて16年以上、現場で無事故無災害。

その実績が、余計に「自分は大丈夫」という勘違いを強固にしました。

経験を積んだ人間ほど、この手の過信からは逃れられないのかもしれません。

新人時代の根性論的な日々も、少なからず影響していたと思います。

「この程度で弱音か」
誰に言われたわけでもないのに、頭の中でそう言われている気がしていました。

さらに、現場ではだいぶ年上の職人さんが、ハードな状況でも当たり前のように仕事しています。

「最近の若者は」なんてフレーズが、浮かびました。

もう意地になっていました。

妻からは心配されていました。
しかし当時の「やる気」に侵された私には届いていませんでした。

会社にはブレーキがあった。一人親方にはない

会社員だった頃は、無理をしようとしても、どこかで止まりました。

働く時間には上限がありますし、それを超えれば会社側が止めに入ります。

安全を管理する立場の人もいます。
無理な工程には、口を出す人がいました。

有給休暇もあります。休んでも、基本給料は出ました。

「今日はもう帰れ」「残業へらせ」「連勤は法律に引っかかるから休め」

会社では口すっぱく言われていました。
当時の私は若さもあり「会社めんどくさいな」と思っていました。

一人親方になって、それが全部なくなりました。

労働時間の上限はなし。
無理な工程を止めてくれる人もいない。
休めば、その日の収入はゼロ。

ブレーキをかけられるのは、自分しかいない。

しかもその一方で、アクセルを踏む理由は山ほどあります。

稼ぎたい。断ったら次がない。必要とされているのが嬉しい。

一人親方が働きすぎるのは、意志が弱いからではないと思います。

止める仕組みが、そもそも存在しないからです。

ねこ丸くんアイコン(したり顔)
すっかり暴走モード

しんどいと分かっていて、現場に向かった

事故の朝も、体は非常にしんどかったです。
眠たかったし、頭も重い。

分かってはいました。今日は本調子ではない、と。

それでも現場に向かいました。
休むという選択肢は、頭に浮かびませんでした。

「行けば、なんとかなる」

いつもそうしてきたし、実際なんとかなってきました。

「なんとかなってきた」
それがさらにこの異常なスケジュールを助長させました。

不満を抱えたまま、現場に立った

その日の作業は、初めてに近いものでしたが、作業内容の理屈は理解していました。

一緒に組んでいた相手もいましたし、装備も適切なものを着けていました。

道具や装備のせいではありません。

不慣れさもあったと思います。
ただ、いつもの自分なら、初めての作業ほど気を張っていたはずでした。

問題は、私の頭の中でした。

疲れていると、不満も処理できません。

現場でくすぶっていたものを、抱えたまま作業に入っていました。

不満の中身は、ここでは書きません。
ただ、それを処理しないまま持ち込んだのは、自分の判断ミスです。

作業とは関係のない考えごとが、頭に浮かんでいました。

集中できていない。
自分でも、どこかで分かってました。
「これじゃダメだ、作業に集中しないと」と。

そう思うのに、頭がぼうっとして戻りません。

寝不足の頭は、気合いでは元に戻らない。

自分にブレーキをかけられるのは自分だけ。
なのに、その自分が、もう寝不足により機能していませんでした。

労災を起こした瞬間

小型の分電盤を、相手と二人で運んでいました。

特別急いでいたわけではありません。ただ、ゆっくりでもなかった。

盤と鉄骨のあいだに、利き手を挟みました。

するどい痛み。

初めて目にする大量の出血に「このまま死ぬのか」という恐怖が頭をよぎります。

それと同時に浮かんだのは「取引先に迷惑かかる!」

現場が中断します。
ひとたび労災を起こすと元請けにまで影響が出ることは、会社員時代の経験で知っていました。

「労災?これ労災になるのか?
労災にせずに、なんとかならないか」。

こんな感情も、同時にわいてきました。

16年以上、守ってきた無事故無災害。

その記録が、この瞬間に消えました。

労災という文字が、自分の経歴に傷をつける。そのことも、ショックでした。

そんないろいろな考えが、瞬時に頭を駆け巡ったあのとき。
あのときの衝撃は、今も鮮明に覚えています。

搬送、処置、元請への報告

現場の人が、すぐに病院へ送ってくれました。

処置には、それなりの縫合が必要でした。

元請けには、その日のうちに連絡しました。

迷惑をかけてしまった後ろめたさがあり、電話は勇気がいりました。
労災の処理の心配もまだどうなるかわかりませんでしたし。

ただ私の不安をよそに、大ごとにはなりませんでした。
冒頭でふれた、労災保険の記事に書いた通りです。

帰ってから、妻にも報告しました。

「そんな働き方、続けられるわけない」

そう言われて、返す言葉がありませんでした。

ねこ丸くんアイコン(苦笑い)
妻の言うことは、だいたい正しい

なお、このあとの通院は自己判断でやめてしまい、1年半も放置しました。
その顛末は、別の記事に書いています。↓↓↓
一人親方さん注意!労災の通院を自己判断でやめて放置した後悔と再受診

あと少しズレていたら

事故から時間が経った今でも、ぬぐえない恐怖があります。

あのとき、手を挟んだ位置が少しズレていたら。
盤の重さが、もう少しあったら。

親指の傷では済まなかったのではないか。
指が残らなかったかもしれません。
体勢によっては、顔までいっていた可能性もあります。

しかも、やってしまったのは利き手でした。
この仕事は、手が使えなくなった時点で終わります。

そこから私は、障害が残った場合のことを、強く意識するようになりました。

働けない体になったとき、家族の生活はどうなるのか。

無事故無災害が消えたことよりも、こちらのほうが、今はずっと重い問題です。

反省して考えを変える

事故のあと、昼夜働くのは即座にやめました。
ケガして働けなくなっては、元も子もないと、身をもって知ったからです。

今は「空いてるから請ける」のではなく、体調と稼働状況を見て決めるようにしています。

睡眠優先。

宿泊費や高速代を削るのも、やめました。
数千円をケチって、翌日の判断力を落とすほうが高くつきます。

依頼が重なったときの断り方については、別の記事に書いています。↓↓↓
一人親方の不安と断る勇気|仕事の依頼が重なったときの葛藤

労災保険の給付額をいくらに設定しておくかも、見直しました。
その話は、別の記事に書こうと思います。

ねこ丸くんアイコン(心配顔)
基準は「依頼」だけじゃなく「自分の状態」にも要る

そして、無意味なプライドは捨てようと、思い直すようになりました。

「がんばらないと」「あのひとより稼がないと」
ふり返ると、他人基準ばかりでした。

周囲との比較に囚われることは、人間なので、今でも多々あります。

でも、その比較は、万が一のときに何の役にも立ちません。
あのとき芽生えた恐怖を、そのたびに思い出すようにしています。

まとめ|元気なうちに、止まる基準を決めておく

厚生労働省の睡眠指針に、こんな研究が紹介されています。

17時間起き続けた状態の作業能力は、血中アルコール濃度0.05%のときと同じ程度まで落ちる。
日本では0.03%以上が酒気帯び運転にあたります。
(出典:厚生労働省「健康づくりのための睡眠指針2014」)

つまり、寝ていない状態で現場に立つのは、酒を飲んで立つのと変わらないということです。

あの日の私は、まさにその状態でした。

ここに、一人親方のいちばん厄介な問題があります。
疲れているときほど、自分がどれだけ疲れているかを正しく測れません。

だからこそ、体感ではなくミスの数を見たほうがいいと思っています。
いつもならしないミスが続いたら、それは体が出しているサインです。

止めてくれる人がいない。
唯一のブレーキである自分は、疲れによって真っ先に壊れる。

だから、しんどくなってから判断しようとしても、もう遅い。

昼夜働ける体力があること自体は、否定しません。
ただ、周囲が高齢のため若いつもりでいましたが、私ももう10代20代ではありません。

体力のピーク期を超えた、「おじさん」です。

睡眠不足の連続で判断力も集中力も、思っている以上に失います。

元気なうちに、止まる基準を決めておくしかありません。

基準なんて偉そうなことを言っても、法律を制定できるわけでもない。
しがない個人事業主です。
自分の考え次第で、どうにでも転ぶ。

だから、細かく決める必要はないと思っています。

私が決めたのは、「これだけは絶対にしない」という禁止令だけです。

昼夜働きはやらない。
妻に言われたことを、うざがって聞き流さない。

今回、振り返って原因を書き出してみると、自分が何に追われていたのかが、はっきりしました。

年収への焦り。競争心。断ることへの不安。体への過信。

頭の中にあるうちは、ただの「やる気」でした。
文字にして分解すると、ただの思い込みだったと分かります。

無茶している個人事業主へ、何かの気づきになればと思い書きました。

最後まで、ご覧いただきありがとうございました。

※注意・免責※

この記事は個人の体験をもとに書いています。情報の正確性を保証するものではありません。

睡眠と作業能率に関する記述は、厚生労働省「健康づくりのための睡眠指針2014」で紹介されている研究をもとにしています。体調や疲労の感じ方には個人差があります。

執筆:ねこ丸