個人事業主(一人親方)が綴る、ねこ丸ブログへようこそ。
脱サラ家庭の内部事情を、夫婦で執筆しております。
この記事は、治療が続いている最中に書いています。
結果が出たら、追記します。
病院に通うも、そのうち、なんとなく行かなくなる。
そんな経験、ありませんか?
私がまさにそう。
病院が続いたためしがありません。
しかも今回、途中で行かなくなったのは「労災のケガでの通院」。
1〜2か月ほど通ったあと、自己判断で通院をやめました。
そこから、1年半。
指の感覚は戻らないまま。
力を入れると痛む状態のまま、現場に立ち続けていました。
その間、私の頭にあったのは、これだけ。
「もう治らないんだから、しょうがない」
でも、それは大きな勘違いで…。
労災は、まだ終わっていませんでした。
「失敗したかも」と思いながら通った1〜2か月
ケガをしたのは、作業の最中で。
利き手を挟み負傷しました。
出血はひどかったものの、意識はあり、体は動くので、
急ぎ検索して出てきた近い病院へ、送ってもらいました。
なぜ、あの日事故を起こしたのか。
そのときの状況は、別の記事に書いています。↓↓↓
《一人親方はなぜ休めないのか|労災事故で気づいた働きすぎる心理》
到着したのは、現場の近くの個人の外科クリニック。
入院にはならず、その場で縫合して終わりました。
その後は、経過観察と抜糸で定期的に通うことに。
ただ、通っているうちに自分の中で、もやもやと迷いが生まれてきました。
「これで合っているんだろうか」と。
その病院に落ち度があったという訳ではないです。
医師の言動と、治療後もつづく指の違和感。
それで私が勝手に不安になっただけ。
医療のことなど、私には判断できる知識もない。
魔法じゃあるまいし、手術ですっかり元通りなんて不可能。
頭では、わかっています。
それでも、どことなく不安をかかえたまま通い続けました。
「様子見ましょう」で終わった、最後の受診
傷そのものは、すぐに治りました。
ただ、指の感覚はおかしいまま。
しびれたような、鈍いような。
でも圧迫すると、痛みます。
その違和感は、最後の受診でも医師に伝えています。
返ってきた言葉は「様子を見ましょう」。
わたしは「そんなものか」と落胆した気持ちで帰路につきました。
そして、それ以降、次の予約は取ることはなかった。
医師は「もう来なくていい」とは言っていません。
治ったとも言っていません。
「様子を見ましょう」は、終わりの合図ではありませんでした。
でも当時の私は、不安のほうが勝っていました。
「この病院に行くことは、もうないだろう」
とはいえ、この段階では、治療そのものはまだ継続するつもりでもいました。
「セカンドオピニオン、探そうかな」
そう思ってました。
ただ、忙しさやら何やらを理由に、行こう行こうと思いながら動けない日が続きます。
通院を完全にやめたきっかけ
通院をやめ、とりあえずその後しばらくは、痛みを抱えたまま現場へ。
その間のある言葉をきっかけに、もう痛みは一生ものとあきらめます。
私の判断を決めたのは、同業者のひと言でした。
同じように神経を切った経験がある方々から、口を揃えて言われました。
「神経やっとるなら、もう戻らんよ。自分もそうやったし……」
もちろん、経験から親切で教えてくれたんだと思います。
その方たちにとっては、実際そうだったんでしょう。
経験者の言葉には、重みがあります。
だから私も「ああ、やはりそうなのか」と納得。
こうして私は、完全に通院を終わらせてしまいました。
でも、今こうして考えると、私の体を診察したのは、その方たちではありませんよね。
私自身の心の底にある「通院めんどくさい」という気持ちを、彼らの言葉を口実に正当化したようにも思います。
確証バイアス的な感じでしょうか。
痛みをどうにかしたいけど、もっと仕事したい。手続きやら病院探しやらも面倒…。
そんな複雑な気持ちの狭間にいました。
しかも、人から聞いた話を確かめずに信じて、あとで痛い目を見たことは、これが初めてではありません。
あのときの代償は、手間と時間。
今回の代償は、「自分の利き手」です。
それから、1年半。
指の状態は変わりません。
工具を握るとき。
ネジや細かい部品を扱うとき。
そのたびに、思い出させられます。
痛みのことは、妻には話していました。
でも、現場ではあまり口にしていません。
言えば、仕事を任せてもらえなくなるかもしれないからです。
障害が怖いと言いながら、今回のケガは数に入れていなかった
今回ケガをして、私が一番怖くなったのは「障害」でした。
指が使えなくなれば、仕事は続けられません。
だから労災の補償について、妻とは何度も話しています。
でも、私が見ていたのはこれから起きる事故のことだけ。
今回の労災で残った手の違和感と痛みは完全にスルーしてました。
指は動きます。
現場にも立てています。
日常生活も送れています。
障害という言葉が、まったく自分に結びつきませんでした。
治療費は労災保険から出ていたので、それですっかり保険を使ったような気になってました。
気づいたのは、妻。
日額のことやら労災保険について調べているうちに、こう言い出しました。
「これ、障害の認定に該当するかもよ?」
労災組合に電話して分かったこと
突然の話で「そんなわけないだろう」と思いました。
でも妻が言い続けるので、加入している労災保険組合に聞いてみることにします。
ただ内心は、「1年半も放置しておいて、今さらと思われるのでは」
「この程度のことで障害の認定なんて、ずうずうしくないか」
そんな考えが浮かび、しばらくのあいだ、スマホ片手にしながらも、電話するのがはばかられました。
半信半疑のまま、ようやくかけた電話。
このとき私の頭にあったのは「もう治らないのだから、せめて障害の認定を受けよう」です。
しかし、返ってきたのは予想に反し、「まず、病院で診てもらってください」という言葉でした。
障害の補償を受けるには、治ゆ、つまり症状固定の診断が必要。
これ以上治療しても良くならない。
医師がそう判断して、初めて次の段階に進みます。
私は、その診断をまだ受けていません。
自己判断で通院をやめただけ。
つまり制度の上では、私の労災はまだ治療の途中。
終わっていませんでした。
そして電話で指摘されたことが、もうひとつ。
最後の受診から、1年半が空いていること。
ケガとの関係を証明できるかどうかが、微妙かもしれないと言われました。
このときはじめて、放置していたことを激しく後悔しました。
再受診の日、医師に言われた一言
組合に言われたとおり、私は病院へ。
行き先は、1年半前と同じクリニックです。
もう戻らないだろうと決めつけていた私にとって、医師の言葉もまた想定外でした。
「様子を見てっていったけど、長すぎるよ」
「もっと早く来てほしかった」
その場で、すぐに別の医院を紹介されることに。
紹介先では現状を確認され、「まずは2か月、薬を通常の2倍飲んでもらうよ」という指示が。
「くすり? くすりで治るのか?」
内心、驚きを隠せません。
それでも改善しなければ、手術という選択肢もあると説明を受けています。
つまり、まだ回復の可能性が残っていました。
この1年半、私が「もう終わった」と思っていた間も、ずっと。
もしもっと前に再受診していたら、回復の可能性はもっと高かったかもしれません。
治療途中なので、なんとも言えませんが、やはりここでもまた後悔の念が頭をめぐります。
あきらめて現場に出ていた、この一年半。
手が痛むたび、どこか吹っ切れないままでした。
あきらめたつもりで、あきらめきれていなかったんだと思います。
だから今は、障害の認定を受けることよりも、この指が良くなることを願っています。
「治せるなら治したい」
1年半ぶりに労災を再開して、かかった費用
予想していなかったことが、もうひとつあります。
再通院の時、治療費を、いったん立て替えました。
書類が届くまでの間は、窓口での支払いが発生します。
私の場合、病院代と薬代で15,000円ほどでした。
これは、病院を変えたからではありません。
労災の書類が出せるまでは、同じ病院でも窓口で払うことがあります。
労災なのに自腹、と一瞬あせります。
手続きが済めば処理されますが、その場では現金が要るということです。
止めるのは一瞬。
でも再開するには、手間もお金もかかります。
労災はいつ終わるのか|治ゆ(症状固定)とは
ここからは、私が今回はじめて知ったことをまとめます。
労災の療養は、自分の判断では終わりません。
区切りになるのが「治ゆ」です。
ケガや病気が完全に元どおりになること、ではありません。
これ以上治療を続けても、良くも悪くもならない状態を指します。
症状固定とも呼ばれます。
この診断が出て、はじめて療養(治療)の段階が終わります。
そして、症状が残っていた場合。
治ゆのあとに、障害の補償を検討する段階へ進みます。
私は、この順番を知りませんでした。
治療をやめた時点で、労災も終わったと思っていたので。
通院をやめても、治ゆの診断は出ません。
診断が出ていない以上、療養は続いている扱いになります。
そして障害の話は、その先。
順番を飛ばして、いきなり障害の認定は受けられません。
私が組合に電話して「まず病院へ」と言われたのは、こういう理由でした。
一人親方が通院をやめてしまう3つの理由
なぜ1年半も放置したのか。
自分なりに整理すると、3つでした。
① 1回行くだけで、その日の売上が消える
有給はありません。
行けば、その日の収入がなくなります。
② 現場が休みの日は、病院も休み
現場仕事の休みは、だいたい土日。
その土日は、病院も閉まっています。
しかも現場は、遠方のことが多い。
平日に行くしかありませんが、代わりはいません。
③ 「病院に行く」と言えば、次が来なくなるかもしれない
ケガの話をすれば、心配をかけます。
次に声がかかるとき、私の名前が外れるかもしれない。
そう思うと、言い出せません。
当時の私には、どれも正しい判断に思えました。
そこへ「もう戻らんよ」の一言です。
やめる口実に、ちょうどよかった。
でも、どれも通院をやめる理由にはなりません。
診察のときは、症状を言葉にして伝える
今回いちばん救われたのは、意外にも、「自分の残した一言」でした。
最後の受診のとき、私は指の違和感を医師に伝えています。
違和感のこと。
力を入れると痛むこと。
勝手に聞き流されたと思い込んでいたやりとりが、カルテにちゃんと残っていました。
1年半の空白があっても、症状を訴えた記録は残っている。
その事実が、今回の手続きでいい仕事してくれました。
労災として認められるかどうかを判断するのは、労働基準監督署です。
記録が残っていれば必ず認められる、という話ではありません。
ただ、伝えていなければ記録は残りません。
もしあのとき「もう大丈夫です」と言って帰っていたら、
何も残っていなかったはずです。
痛みや違和感は、外からは見えません。
現場では我慢が習慣になっていますが、診察室では別。
気になることは、そのまま口に出す。
今日からできることがあるとすれば、これだと思います。
聞くだけなら、タダでした
組合に電話をかけるとき、受話器の前で迷いました。
でも、かけてみて分かったことがあります。
聞くだけなら、ほとんどタダです。
断られたところで、断られただけ。
それ以上でも、それ以下でもありません。
失うものは、何もありませんでした。
対象になるかどうかを決めるのは、私ではありません。
窓口に聞けば、答えは返ってきます。
躊躇している時間のほうが、よっぽど高くつきます。
仕事でも同じですよね。
あれこれ考えるより、聞くほうが早い。
まとめ|労災を終わらせるのは、医師の診断です
- 「様子を見ましょう」は、終わりの合図ではない
- 治ゆ(症状固定)の診断が出るまで、労災の療養は続いている
- 通院をやめても、治ゆの診断は出ない
- 経験者の言葉は参考情報であって、診断ではない
- 診察では、症状をそのまま口に出して伝える
- 中断した労災を再開するには、手間と一時的な出費がかかる
- 聞かずにいるほうが、よっぽど損をする
私は1年半、自分で終わらせたつもりになっていました。
でも、終わっていませんでした。
そして、まだ回復の可能性は残っていました。
もし今、治療をやめたまま放置している方がいたら。
もう治らないと、あきらめている方がいたら。
一度、病院で聞いてみてください!
私のように、まだ途中かもしれません。
自己判断で、終わりにしないでください。
なお、私自身もまだ治療中です。
改善しない場合は、手術という選択肢も残っています。
結果が出た時点で、この記事に追記します。
最後まで、ご覧いただきありがとうございます。
※注意・免責※
本記事は筆者個人の体験をもとに書いています。情報の正確性を保証するものではありません。
症状の経過や回復の見込みは、ケガの内容・部位・体質などによって大きく異なります。本記事の内容が、同じような症状の方に当てはまるものではありません。
治療方針については、必ず医師にご相談ください。
本記事の制度に関する記述は、2026年8月時点のものです。
労災保険の手続き・認定の可否は、加入内容や個別の事情によって異なります。制度の内容は改定される場合があります。ご自身の件については、加入している団体、または労働基準監督署にご確認ください。


